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これまでを振り返って。
2008年ももう今日で終わり。
年末になると当然来年のことを考えたりもしますが、逆に自分を振り返る時期になったりもします。

今までなんだかんだ音楽を続けてきましたが、
結構周りからはそんなに活動してないように見られたりもしつつ、、、
でもなんとかここまで続けてくることが出来ました。
良いこともそうでないことも沢山あったけど、周りの応援があったから今まで頑張って来れたと本当に感謝しています。


知っての通り?、年末でイーミュージックをやめました。
そしてこれからのことですが・・・
まだ何もカタチにはなっていないことばかりですが、来年に向けて準備出来ることはやったつもりです。

なんだかこれまでの音楽人生。
あまりにもトラブルが多かったので、
そして毎回と言っていいほど正式に発表出来なくてもどかしい部分もあり、
改めて自分自身を整理するために、
近藤葵(AOI)のこれまでを振り返ってみたいと思います。



『Zipang』
色んな意味で幻の様なBAND。
良い面でも悪い面でも、俺の人生を変えたBAND。
何度もBAND名(表記も含め)を変え、最後にZipangとなる。
一番表立って精力的に活動していたBAND。
このBANDで活動した数年間で音楽に対する好みがかなり変わり、後期からはマイクスタンドを積極的に使うような、今の自分に繋がるロックなボーカルスタイルにシフトしていく。

当時を知っている人には有名な話かも知れないですが・・・
解散したというよりも、最後は崩壊してしまったZipang。
当時所属していた事務所の社長が覚醒剤等による逮捕。
そこで全て終わりだったのですが、
その少し前、覚醒剤による幻覚なのかなんなのか俺には分からなかったけど、とにかくもう社長とはまともに会話も出来ないような状況になっていた末期、これ以上Zipangを続けていくことが出来ないと限界を感じ、
「一緒に自分達だけで音楽やっていこうぜ」と、バンドメンバーに相談。
誰もがもう危ないと分かっていたにもかかわらず、俺が辞めたとしても全員事務所に残る方を選択。
寂しい結末でしたが、仕方なく一人でのZipang離脱を決心。
(結局は俺が辞めてしまった後1週間で3人バラバラに脱退)

その後社長に脱退の意志を伝えようと話し合いに行ったが、なかなか時間が噛み合わなかったので、とりあえず置き手紙で脱退の意志だけを伝えることに。
ところが、その数時間後、当時のバンドオフィシャルサイトに、
「葵が○○(関係者)をレイプしましたのでZipangをクビにしました。なお数百万もって逃げてるようです。」
と、有り得ないような誹謗中傷を書かれ、話し合いも出来ず、その瞬間脱退確定。
後に、そこに残ったメンバーに聞くと、
『葵が自分で辞めたってことになると、Zipangの方が下になる!』ということだったらしい、です。

それにしても、末期は生きた心地もせず、思い出したくもないような出来事ばかり。
そして周りにも迷惑をかけてしまいましたが、結果としてはもうどうしようもない状況でした。

まぁ悲しいかな、、、
事実としてZipangは『実際に演奏したり歌っていたメンバーのモノではなかった』ということです。
それでも我慢して続けてたら、もしかして売れたりしたBANDだったかも知れません。



『GOLD ROCKS』
Zipangを一人脱退した後、自分が思うROCKをカタチにしようと最初に始めたBAND。
メンバーはリズムギターのDAI、ドラムのKen2のZipangチーム。
正直一度裏切られてからの再会にかなりの葛藤もあったけど、何度も何度も謝られ・・・、次第にもう一度やれそうな気がしてきてやりなおした仲間。
ベースとリードギターはサポートで流動的、常に正式メンバーを募集していた。
ベースは後のVelvet Spiderのベーシスト、BACKYに最終的に落ち着く。
リードギターには最終的に、当時若手のロックボーカリストを探していたという、44MAGNUMのJIMMYさんが参加。
そんな、周りから見たらかなりサプライズな組み合わせでもあり。。。
『GOLD ROCKS with JIMMY』という名義でのライブもやりましたね。

サウンド的には、Zipang時代にやってきたことの反動か、メタルなヤツとか歌モノを実はほとんどやりたくないと思っていた時期で。。。
『シンプルなことを如何に格好よく出来るかがROCK』なんてことを当時思いながら、分かりやすいアメリカンハードロックを表現していた、つもり。
ゴールドのセットアップスーツ、黒いエナメルのロングブーツ、スパンコールのシルクハット。
中期以降はかなり派手な衣装でしたね。
はい、そういうの大好きです。。。

更に後期はDAIが創るサウンドが次第にメタル寄りな方向に進もうとした部分と、その他諸々な、音楽に対する考え方にも違和感を覚え、JIMMYさんの参加による、多少なりあったメンバーとの不調和などなど。
色んな要素が同じようなタイミングであったことにより、DAIとKen2脱退。

元々俺が提案した音楽性の元にスタート、活動していたバンドだったので、
新しいメンバーを入れてまた再始動するとDAIとKen2とも話し合い、
GOLD ROCKSは活動休止。



『Velvet Spider』
44MAGNUMのギタリスト、広瀬"JIMMY"哲(さとし)さんと2人でスタートさせたロックユニット。
サポートメンバーで、
ベースはGOLD ROCKSからの盟友BACKY、ドラムはJIMMYさん繋がりで、元X-RAYの高橋Roger和久さん。
とは言っても俺が辞めるまでの丁度1年間ずっと同じメンバーで、結果全員正式メンバー的な状態。
蒼々たるメンツだったので、このメンバーでやったときの感覚を覚えてしまうと、なかなか後のメンバー探しも一苦労です。。。

初ライブが武道館という(もちろんJIMMYさんのおかげですが)、ちょっとぶっとんだバンド。
メンバーがかなりの年齢差だったので、不思議な目で見られてましたね。

サウンド的にはそれまでの自分の中では新鮮で、メタル要素がほとんどなく、ハードなロックンロールとブルースが混ざった感じ(上手く言えてないかも。。。)の、言葉にするとかなり自分の理想に近い感じ。
ただ、JIMMYさんならではの様式美?というのか、ちょっと難解な部分に俺がついて行けず・・・
最後の方では、失礼な程に暴言吐いたこともありました。
そして突然脱退してしまってゴメンナサイ。
丁度活動して1年という時期、4人全員正式メンバーにしてやっていこうという話になったときに、色々考えてしまった結果でした。
いわゆるマリッジブルーみたいな。。。

JIMMYさんにはすごく優しくしてもらいましたが、
音楽的な部分で自己中心型がBANDに2人いると大変だなぁと、つくづく・・・
おそらく俺のGOLD SEVENTEEN(GOLD ROCKSを含む)と同じように、JIMMYさんの中にはVelvet Spiderというこだわりが、譲れない部分があったんだろう、と勝手に俺の中で認識してます。

バンド側からの脱退発表も詳しくは何もありませんでしたが、
まぁ普通そんなモンなのかなぁ、くらいに諦めてました。
Zipangの時が酷すぎただけに・・・(笑)
俺が辞めたあとには、Valentine D.C.のKen-ichiさんが加入して新メンバーで活動していたみたいです。

そんなこんなで一緒にやらなくなったとはいえ、今まで出会った中では最高にクールなギタリストJIMMYさんとの短い活動時期。



『GOLD SEVENTEEN(現在)』
Velvet Spiderを脱退後、活動休止していたGOLD ROCKSを再始動しようとしたとき、数年前に比べてROCKに対する考えが柔軟になり、
『原点を忘れないように。』『もっと世の中に情熱を。』などの意味を込めて、GOLD SEVENTEENに名称変更。
2005年1月、始動。
2月、東名阪のアコースティックツアーで初ライブ。
6月、バンド形態の初お披露目。

音楽的には歌謡やブルージーなテイストが入ったハードロックが基本。
初期は正式バンドなのか、サポートメンバーを入れたソロバンドなのかを曖昧にしてスタート。
そのまま固定メンバーを正式バンドに出来るのを理想として活動したが、結局は自分のバンドがあるメンバーばかりで、なかなか上手くはいかず。

2006年前半、メンバーよりもライブなどのスケジュール優先にして、毎回と言って良いほどメンバーが替わる。
そして2006年6月のワンマンを期に、メンバー再編の為しばらく休止。

※実はそのタイミングで、GOLD SEVENTEENが数ヶ月活動していない時期に、Zipang復活計画なんてモノがあり・・・
ビックネームと共にZipangが世界をまわるやら何やら、、、
俺が某○○のボーカルをやるやら何やら、、、
よく分からないくらいにデカイ話が動いていたのですが、
まぁまぁ、、、全部なくなっちゃったんですよねー。

はい、またもや事件です。
警察とか絡む話ですね。
音楽に関係ないところでなんでそんな毎度ポシャるかなぁ。。。
と、当時結構凹みました。
その時期周りに話してたこと、色々嘘になっちゃってゴメンナサイ。

その後2007年1月。正式にMachi、鮫島俊介(サメ)、COMBOが正式メンバーとして加入するが、曲作りなどが上手く噛み合わず難航。
正直言って、ホントはこの辺でガッツリ曲作りを進めた方が良かったなと、今になって思ってます。
結構勿体ない時間を過ごしてしまった様な気がします。
Machiくんも、JIMMYさんとか俺と同じように自分のバンドじゃないと無理っぽいです。。。
JIMMYさんに関しては推測もありますが、Machiくんは間違いない(笑)
人間的には大好きだし、彼は天才だと思うけど、
例えるなら、AEROSMITHに長渕剛がギタリストとして加入したような違和感だったかなぁ(笑)

そしてそれからしばらくの期間、3D仮想空間『Second Life』をガッツリやっていました。その中でインターネットのストリーミングを使ったライブとかも結構やりましたね。

2008年1月、2年前のトラブルの後俺を心配してくれていた人の紹介により、イーミュージックに個人で所属することになる。(メンバーと相談した後、それがベストだろうという結論になったので。特にサメなんかは、今みたいに倉木麻衣のバックだったり、仕事の話も来たりするということで。)
ただ、正直イーミュージックではなにもやってません。
良くも悪くも?まぁ微妙なところですけど、ホントなんにもやってないです。先日11月のイベントで一回ライブやっただけ、ですね。
待てばいいと言われ続けてかなり待ったんですけど、何も進まなかったときに返ってくるのは結局自分だなぁと、、、
今回特にそれを感じました。
誰かに期待してちゃ駄目ってことですね。

2008年9月、アコースティックワンマンにてGOLD SEVENTEENをソロに戻すと発表。(実質はイーミュージックに入った時点で既にソロ)
といっても人間関係が前と変わったわけではないので、今までと同じようにやってもらうときはやってもらうって感じです。
まぁお互いの納得いくカタチにしたのがソロだったってところですね。
とまぁそんな感じで長々と綴ってきましたが、この辺がごく最近までの状況。


振り返ってみると結構な年数もたちーの、、、
結果的に、年数の割には外からの目に見えた活動が少なかったんじゃないかなぁと思ってます。
ただ別にずっと遊びほうけてた訳でもない(と思う・・・)し、この反省を来年からに生かさねばと、今意気込んでるわけです。

結構今後のことを考えると、ホントはもっと色んな要素を混ぜて音作りしたいと思ってます。
やっぱそれなりにステージは派手にやりたいなぁとか、
DJとかとも絡んだりとか出来ると面白いなぁとか、
仲間と一緒にGOLD SEVENTEENとは別の動きもやってみたいなぁとか、
色々考えてることはあるんですけど、、、

さぁ来年はどうなることやら。
何かしらの、自分の中のROCKを追求していきたいと思ってます。



それではみなさん良いお年を!
2009年、素敵な年になりますように。



P.S.
ついごく最近、もしかしたらまたZipangが復活する・・・とか言う噂も!?
と言っても俺がボーカルじゃないですよ。
誰がボーカルかって?
それはご想像にお任せします。。。
俺はもうZipangはやりませんので。

author:近藤 葵 〜Aoi Kondo〜, category:BIOGRAPHY, 18:59
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